【連載】第5回 あの人に会う前には【くもりのち雨 時々サウナ】
苦手なもの。
予期せぬ遭遇、予定の変更、急な誘い。
気にしすぎだ、と、よく言われる。確かにそうかもしれない。常に万全に準備をしていたい性格なのだ。でも、気を抜いたときに限って、急に人に会う予定が入ってしまう。人生は、うまくいかない。
今日は、気になっていた個展にひとりで行くつもりだった。
それが、今朝うっかりその話をしたために、人と一緒に行くことになってしまったのだ。
ずっと、会いたいと思っていた人だ。楽しみではあるけれど、あまりにも急すぎて素直に喜べない。
適当な服装、このところの寝不足で化粧乗りは最悪、最後に美容室にいったのはいつだったか。
せっかく会えるのに、こんな姿ではなんとも情けない。
それに、もう何日も、サウナにも行けていない。
……そうだ。あるじゃないか。私には、サウナが。
待ち合わせは少し遅めの20時。定時であがれば、2時間半の余裕がある。それだけあれば、充分だ。
いつにない集中力で仕事を片付ける。定時になった瞬間、かばんをひっつかんで、会社を飛び出した。終わらなかった仕事も、今日は潔く置いていく。
いつもと違う、青い電車に飛び乗って3駅。サラリーマンと観光客をすり抜けて、ごみごみした街で際立って綺麗なその建物を目指す。
移動時間を考えると、入れる時間は1時間とちょっと。上出来だ。
「スパ利用で!」
フロントで急いでいることを雰囲気で伝える。勢いよく服を脱いで、浴室に向かった。
頭上から雨のように降り注ぐ、レインシャワーが好きだ。汗も、埃も、1日の疲れまでも洗い流されるようで気持ちいい。
比較的新しいサウナ室の乾いた木の匂いは、さわやかで、少しだけ甘い。清潔な空気に包まれている感覚だ。ほどよい熱さと心地よい空間に、焦っていた気持ちが溶けていく。そして、冷たすぎるくらい冷たい水風呂が、心地よくゆるみきった心と身体を力強く現実に引き戻す。この繰り返しで、心と身体がぴかぴかに浄化されていく。
うっかりサウナで時間を忘れてしまって突貫工事の化粧も、明るく綺麗な鏡の前だと少しだけ良く見えて気分がいい。適当な服も、まあ気にならない。
埃っぽい街を駆け抜ける。
気のせいでもいい。今日は、少しだけ強気でいたい。