女優・のんがヒロインの声で再び輝く! アニメ映画『この世界の片隅に』が心にズキュンと刺さる理由【最新シネマ批評】
[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかから、おススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは、アニメ映画『この世界の片隅に』(2016年11月12日公開)です。
女優の能年玲奈が “のん” に改名しての初仕事で、原作は、こうの史代の同名漫画『この世界の片隅に』。彼女の原作による実写映画『夕凪の街 桜の国』(2007)がとても良かったので、この映画も楽しみにしていました。それではさっそくご紹介します。
【物語】
お話の舞台は昭和19年、広島県呉市が軍港の街と呼ばれていた頃です。18歳で縁談話を受けて、この地に嫁いだすず(声:のん)。
夫の周作(声:細谷佳正)は海軍勤務で、夫の両親は温かくすずを迎えてくれました。ときどき帰ってくる義姉の径子(声:尾身美詞)は厳しいけれど、娘の晴美(声:稲葉菜月)は、すぐにすずになつきました。
戦時中、空襲警報があったり食糧が底をついたり、生活は厳しいけれどみんなで助け合い、工夫を重ねて生活していましたが、彼女の身近でも不幸な出来事が起こり……。
【戦時下にありながら、ひだまりのように暖かい映画】
この映画の舞台は第二次世界大戦なので、いわゆる戦争アニメとしてくくられることもあるでしょう。“戦争” と聞いて「ヘビーなものは見たくない」と敬遠する人もいるかもしれません。でもそういう先入観は捨ててください。この映画は、ひだまりのようにポカポカした映画。なぜなら、ヒロインのすずがどんな状況にあっても、ほんわか明るく前向きなキャラクターだからです。
すずは嫁ぎ先で、困難にぶつかります。義理の姉・径子がキツい性格だったり、戦時下で生活が厳しかったり、やがて悲しいことも起こります。ところが彼女はすべてに抗うことなく、前向きに対処するのです。着物をリメイクしたり、少ない食材で料理を工夫したり。厳しいと思うことがあっても、いま生活をしている場所で、自分にできる精一杯をやる。そうやって嫁ぎ先の家族に溶け込んでいくのです。
彼女を見ていると、ない物ねだりをしたり、環境に文句言ったりすることが恥ずかしくなります。今いる場所で強く根を張って生きることで得られる幸福がそこにあるからです。
【戦争アニメの中に描かれるユーモア】
すずが可愛がる径子の娘・晴美(5歳)がまたいいキャラクターなんですよ。すずといいコンビで、二人のシーンは本当にかわいい! 空襲警報がなったとき、晴美は「もう空襲警報飽きた~」と言うシーンがあるのですが、彼女の無邪気さは、この家族に明るい風を運んできます。
この映画は厳しい中で生活しながらも、どんなときでも明るさやユーモアが心をフっと軽くしてくれることを教えてくれるのです。
【のんはバッチリのキャスティング】
能年玲奈からのんに改名した彼女が、主役すずの声を担当。正直、最初は声優としてうまいとは言い難いと思ったりしたのですが、彼女はすずの人となりをちゃんと掴んでいました。物語が進むうちに何も違和感がなくなっていくのです。ドラマ「あまちゃん」でアキとして生きた彼女が、今度はすずとしてスクリーンで生きています。
また、戦争の怖さや空しさ切なさもこの映画には描かれていますが、過剰に感動を煽ったり、泣かせようとすることはなく、片渕須直監督の演出はとても上品。絵の雰囲気や世界観はクラシックで、ヒット作『君の名は。』とは一線を画しています。あちらがいまの主流アニメかもしれないけど、私はこっち派。長く愛される映画だと思います。
ちなみに、この映画はクラウドファンディングで3374名のサポーターから、3912万1920円の制作資金を集めて制作されました。つまり多くの人がこの原作を映画に! と、熱望して完成した作品なのです。
いつの時代に見ても、どんな状況で見ても「よし、明日も頑張ろう」と思える『この世界の片隅に』。ぜひぜひ多くの人に見てほしい。国内だけでなく世界各国でも公開してほしいなあ。控えめだけど芯は強い! そんなアニメ作品です。
執筆=斎藤 香 (C) Pouch
『この世界の片隅に』
(2016年11月12日より、テアトル新宿ほか、全国ロードショー)
監督:片渕須直
声の出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔ほか
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会