【コラム】映画『この世界の片隅に』は何が魅力なの? “当たり前の日常”の愛しさとそれが失われる悲しみ
片渕須直監督作品、今話題のアニメ映画『この世界の片隅に』を、遅ればせながらとうとう観ることができました。
映画が公開されたのは、2016年11月12日。最初の上映館数は63館と少なかったものの、口コミの評価が広がるにつれて上映館も増加し、2017年1月7日には200館に。じわじわと観客数を増やし続けて、ついには興行収入が10億円を突破しました。
この作品を2016年のナンバーワン映画に挙げる人もいたほどですが、この映画を観た私の周囲の人は多くを語らず、「とにかく観てほしい」の一点張りだったのが強く印象に残っています。
ほのぼのとしたタッチの絵や、女優ののんさんが主役の声を担当していること、クラウドファンディングで異例の額の支援金を集めて公開にいたったこと。ひきつけられる要素は山ほどあるけれど、何がここまで人の心を強烈に揺り動かすのでしょうか。
私なりに、『この世界の片隅に』を観て感じたこと、映画の魅力を、みなさんにお伝えできたらと思います。
【どんなお話なの?】
・軍港・呉市が舞台
『この世界の片隅に』の原作はこうの史代さんが手がけた漫画で、戦時中の広島県呉市(くれし)を舞台とした作品です。
・おっとりとしたすずさんが可愛い! のんさんの声がドンピシャすぎる
18歳という若さで呉市に暮らす男性・北條周作のもとへと嫁いだすずさんは、絵を描くことが大好き。心優しい女性で、頬のほくろがチャームポイント。特技(?)は “迷子になること” !
おっとりしていてちょっぴり抜けているところが魅力であり、また困ったところでもあるすずさんですが、優しい旦那さんと義両親、ちょっぴり(かなり?)厳しい義姉と可愛い姪っ子に囲まれて、つつましいながらも楽しく、日々を暮らしていきます。しかし気がつけば、平和な日常のなかにじわじわと戦争が入り込んできていて……。
【日常に入り込んでくる「戦争」】
以上が物語の大まかな内容なのですが、『この世界の片隅に』で描かれているのはごくごく普通の、市井の人々から見た戦争です。
穏やかな日常を静かに壊してゆく戦争。食べ物がない中あれこれ工夫して、家族みんなで肩寄せ合ってそれなりに楽しく暮らしてきたけれど、ただみんなが笑っていられたらいいというささやかな願いすらも叶わなくなってゆく。それが戦争なのだということを、改めて思い知らされました。
【自分が、すずさんや周作さんだったかもしれない】
・特別な人ではない、普通の人ばかり
一方で、描かれているのは戦争だけではありません。心の葛藤、恋心、夫婦のあり方、後悔、そして喪失感。私たちとおんなじような日常を過ごし、心を乱し傷つきながらも強く生きていく登場人物たちは、身近にいる、よく見知った誰かのようでした。
・いろいろな感情が押し寄せてきた
だからこそ、心が苦しくなり、感動、悲しみ、悔しさ、そして温かさ……どの言葉にも当てはまらない激しい感情がぐわーっと心の底からわき上がってきました。
イイ大人なのでグッと我慢、声こそ出さなかったけれど、鑑賞中は終始涙があふれて止まりませんでした。許されるのならば、「うわーん!」と大きな声をあげて泣きたかったほどです。
エンドロールでダメ押しで泣かされて。映画館にいた観客が誰1人立ち上がらず最後の最後まで観ていたことにも感動して、また泣けてしまって。
【重くて痛い、でもそう感じさせない】
『この世界の片隅に』で扱われているテーマはとても重いです。けれど重たく感じさせないところや鑑賞へのハードルを低くしてくれているところが、ほかの戦争関連映画とは違った『この世界の片隅に』の大きな魅力ではないかと思うのです。
実際に鑑賞後、半べその私の横にいたカップルは夕飯の相談をしていたし、別のグループは恋愛談議に花を咲かせていて、あっという間に日常に戻っていました。
重さを感じさせないからこそ、もう1度、観たくなるし、すずさんに会いたくなるのではないでしょうか。
【なにを言っても足りない気がする】
映画は、言葉で多くを語っていません。だからこそ伝わるものが、山ほどありました。
ここまで書いておいてなんなのですが、どんな言葉で語っても『この世界の片隅に』の魅力は語りつくせないというのが私の本音です。何を言っても陳腐に聞こえてしまう、と言いますか……。
だからこそ、冒頭の「とにかく観てほしい」という言葉を多くの人が口にしたのことも納得しました。自分はどう感じるのか確かめるためにも、映画館へと運んでみてはいかがでしょうか。
参照元:『この世界の片隅に』公式サイト、YouTube
執筆=田端あんじ (c)Pouch