故郷ですべてを失った男が心の傷に向きあう姿に涙腺が崩壊…マット・デイモンがプロデュースした傑作『マンチェスター・バイ・ザ・シー』【最新シネマ批評】
【最新シネマ批評】
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかから、おススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。
今回ピックアップするのは、2016年度アカデミー賞主演男優賞と、脚本賞を受賞した『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2017年5月13日公開)です。
ケイシー・アフレックが演ずる、故郷に帰って来たひとりの男の人生を描いた作品で、とてつもない大きな感動を呼び起こす人間ドラマになっています。では、まず物語から。
【物語】
ボストンで便利屋をやっているリー(ケイシー・アフレック)は、周囲の人から無愛想な変わり者だと思われながらひとり暮らしをしていました。そんな彼のもとに故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーにいる兄(カイル・チャンドラー)が倒れたという知らせが入り、リーは帰郷します。
心臓病と闘っていた兄は亡くなり、彼は兄の遺言を受け取りました。そこには兄の息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人がリーであることが記されており、リーは驚き、断ろうとします。パトリックは叔父のリーといることを望みますが、リーにはこの街で暮らせない理由があったのです。
【すべてを失った過去の過ち】
映画が始まっていきなり無愛想なリーが登場します。仕事はテキパキできるけれど、愛想もやる気もなく、酒を飲むとケンカをするしょーもない男です。彼はずっと孤独だったように見えますが、実はそうではありません。兄の死をきっかけに故郷に戻ったとき、リーはこの町で過ごした日々を回想します。
昔は明るく、友だちとふざけてばかりいる男でした。妻(ミシェル・ウィリアムズ)と可愛い娘2人と息子1人がいて、家族をとても愛する男でした。そんなリーが「なぜ変わってしまったのか」。その理由は彼の過ち。誰にでも起こりうることなのですが、人生を崩壊させる引き金となってしまったのです。
【心の傷の深さは本人にしかわからない】
この映画は、リーが辛い過去と向き合う映画です。亡くなった兄、元妻、町の人達は、みんなリーのことを心配し、関係者はみんな彼の過ちを許そうとします。兄の死と甥っこの存在は、リーに人生の再スタートを切らせようとするのですが、心の傷の深さは本人にしかわかりません。再生できる傷なのか、一生癒えない傷なのか、それを決めるのは自分自身。
リーは過去から逃げていましたが、その過去と向き合い、後半、ついに自分の気持ちを語る日がやってきます。その瞬間はおそらくこの映画のハイライト。私は涙腺が崩壊し、一生忘れられないシーンになりました。
【甥っ子のユーモアが主人公を支える】
しかし、心に傷を負っているのはリーだけじゃなく、父を亡くしたパトリック、出て行ったパトリックの母、リーの元妻、みんな心の傷を抱えて乗り越える術を探しながら生きています……と、ここまで読むと「どんだけ暗い話?」と思われるでしょうが、安心してください。リーの甥っ子パトリックがこの映画の光です。
アイスホッケー部で活躍する高校生、モテモテで二股かけています。ダサいバンドを組んでいて、その練習風景がおかしく、パトリック&彼女、リー&彼女のママ、この4人の関係にもニヤニヤさせられます。
そんな風に本作には、悲しみの中にも一筋のユーモアがあり、それが寒そうな町とリーの心に灯を点しているのです。
【マット・デイモンがケイシー・アフレックにチャンスを与えた!】
実はこの映画、マット・デイモンが監督で主演をする予定でしたが、スケジュールの都合で不可能になったため、監督を脚本担当のケネス・ロナーガンに任せ、マットの親友ベン・アフレックの弟、ケイシー・アフレックを主演に抜擢したのです。
マットはプロデューサーのみの参加でしたが「力ある役者と脚本と演出によって、忘れられない映画になった」と語っています。
五月病でなんとなくやる気がなくなったり、モヤモヤしたりしがちな季節ですが『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を見ると、みんな様々な事情があり、もがき苦しみながらも人生を歩んでいることがわかります。「とりあえず前を向こう、そして歩いて行こう」そんな気持ちになれる素晴らしい作品です。
執筆=斎藤 香 (c) Pouch
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
(2017年5月13日より、シネスイッチ銀座他、全国ロードショー)
監督&脚本:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、グレッチェン・モル、ルーカス・ヘッジズほか
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